ヨコハマは港湾都市として様々な顔を持つが、観光都市であることでも知られており。
交易にかかわる史跡やレンガ造りの建物に、いかにもエキゾチックなアジア系の飲食店街。
ブランドの服や靴やバッグなどの小物などなど、
イマドキの最先端をゆくファッションを扱うブティック街もあれば、
緑したたる散歩道の連なる丘には
港を一望できる見晴らしの良い公園もあり、
祭休日や週末でなくとも
何かの催しでもあるものかと思ってしまうほどの人の波が押し寄せる、
それは賑わいのある街でもあって。
若者向けのブティックが道の両側に居並ぶ通りの入り口、
古い倉庫街とレンガ道がちょっとした広場になっている湾岸沿いの一角でも、
人気のクレープ店の販売車両が甘い香りを振りまきながら、少女たちの行列に囲まれており。
アカシアだろうか、小さな葉をたわわに茂らせた背の高いシンボルツリーの木陰では、
男女で朗らかに笑い合いながら1つのクレープを交互に食べている、
恐らくはカップルなのだろう顔ぶれも結構いて、
「……。」
そんな幸せそうな人々の間を、うっそりと不機嫌そうな無表情で歩いている少女がいる。
やや顔色も悪く、体調が芳しくないものか、
それでも笑えば可愛らしいだろう幼さの残る顔をやや俯かせ、
肩から提げたバッグを揺すり上げると、
独り言とも言えないほどの小声で何かをぶつぶつと呟きながら歩いており。
時に歩調が遅い二人連れのあとについたりすると、
チッと舌打ちしかねないほどの険悪な顔になっている辺り、
何かしら疲れているのかもしれなくて。
「だからって、
八つ当たりみたいに見ず知らずの相手へ面倒振りまいてんじゃねぇよ。」
不意も不意、それは唐突にそんな声が間近で立って、
少女はハッとすると顔を上げて左右を見回した。
さほど大声ではなく、
空耳のような、するりと逃げてったような一言だったが、
いやに今の自分の心情へと突き立つような物言いだった。
なので、誰かがこの鬱々とした心根を勝手に覗き見して、
そんな言い方したような気がし、
卑屈な心、疚しさと共に隠すようにシャツの胸元を掴んだまま
周囲をせわしげに見回したのだが、
「やっぱり手前か。図星刺さされてキョドるとは判りやすいなぁ。」
真っ黒なウェストカットのジャケットスーツに、ややグレーの中衣を合わせ、
やや開いたデザインシャツの襟元からは革のチョーカーを覗かせた、
赤い髪の男がすぐ間近にいつの間にか立っており。
それほど上背はないが、それでもなかなかの存在感で、
水商売のひとだろか、いやにあか抜けた風貌なのが
昼間ひなかのレンガ広場という戸外には結構なミスマッチでもあって。
猫背のまま鬱々と独り言をつぶやいて歩いていたところからを見ていたのかと、
込み上げる羞恥にゾッとしつつも、
「な、何のことでしょう。」
見ず知らずな相手だ、知ったことかと、再び歩みだしかかる。
すると、待てよと手套をした手が伸びてきた。
“…やだ、もしかして“アレ”がばれたのか?”
でも、こんな怪しい人を差し向けられるような
何かしら怖い背景がありそうな相手へはやってないはず。
だってそんな人、まずは触れないし。
それに、アタシ自身何がどういう理屈か判らないことなんだもの、
仕掛けられてそれと判るもんなのか、
アタシヘこうまで的確に辿り着けるもんなのか。
「離してくださいっ。」
二の腕を掴まれた一瞬の間に、それらをくるりと頭の中で巡らせた彼女。
小心者が必死で声を放ったような金切り声で悲鳴を上げる。
地味ないでたちに化粧っ気もない少女が、
妙に派手な男に二の腕掴まれたままそんな声を出したの聞いたらば、
周囲の人間も何とはなく背景みたいなものを勝手に構築するというもので。
関わり合いにはなりたくないが、
何だこいつ、女の子に絡むチンピラかという視線が一気に降りそそいできて、
「な…。」
任務中ならともかく、微妙な人探しとあって、
想定外な非難の目の集中砲火には こちらもギョッとしてしまう。
そのくらいで挫けるようなやわな心根は持ち合わせちゃあいない彼で、
“覚えられちゃあ困るのは手前だろうによ。”
この界隈で騒ぎを起こした存在だと、
そこから辿られたらあんたが困るんだぜと思ってのこと、
この仕打ちへイラッとした彼なのであり。
そこのところは少女の思惑とは大きくズレていたが、
「チッ。」
人目が集まるのは自身へもよろしくない状況。
なので、この場からとっとと離れようと、こっちへ来いとばかりに腕を引けば、
「ヤダ離してっ。」
向こうも必死か、内向的で大人しいと油断していたのと、
少女だということでの手加減もあった捕まえようを、
しゃにむにもがいて振り切ったそのまま ダッと勢いよく駆けだしたものだから。
こうなっては目立つことを恐れている場合じゃないとし、
「待てっ!」
すかさずという間合いで後を追う。
その瞬発力はどこぞかのアスリートみたいに鮮やかなそれであり、
人通りが多いことが何とか直進への障害物となってくれているよな按配で。
“何なのよ、もうっ。”
鬱屈していた沈滞ぶりに比べれば、眩暈がしそうなほどに鮮やかな変わりようだが、
こんな忙しいドキドキなんて望んじゃいないと。
ちらり肩越しに見やった相手の険しい顔にぞぞぉと震えつつ、
少なくはない人出の中、こちらも彼と同じく通行人という障害物を捌いて進む。
そんな彼女の前へ、
「待ってっ。」
唐突に進行方向から飛び出してきた人影があり、
ぶつかりそうになってハッと反射的に足が止まったが、
「え?」
今時シャツの裾をパンツにインしてるのが、でも何でだかダサくは見えぬ。
むしろ清楚で可愛く映る、細っこくって色白な男の子。
あ、この子知ってると、
少女の表情がますますのこと追い詰められたよに引きつりを見せる。
数日ほど前に、やはりここでちょっと悪戯しちゃった兄弟の片割れだ。
クレープのクリーム、口の傍についてたのをお兄さんが拭ってやってて、
しょうがないなぁという微笑いようが何とも優しげだったのへ、
周囲の女子高生たちの視線がこそりとながらも痛いほど集まってたのが何だか憎らしくなり。
“何とか名前を聞き取って、アレを仕掛けてやったのだっけ…。”
となると、
やっぱり自覚のある“悪戯”にかかわりのある追手なのだという認識も新たに、
「中也さん、あまり乱暴にしちゃあ…。」
自分を追って来た男と仲間内であるらしいその会話を素早く聞き取って、
観念したかのように、やや俯いて立ち止まったそのまま、
追手の二人が距離を詰めるのを ドキドキとしつつ待つ。
乱暴なんてしてねぇよと、それでもやっと捕まえられたという安堵からか、
それとも元から 示しなんてないものか、
幼い相手へ不平を垂れるような口利きをする帽子の男が
手の届く間合いまで近寄ったそのタイミング、
「ちゅうや、あつし」
まるで何かの合言葉のような単調な抑揚で紡がれたフレーズ。
それでも、自分の名前だという覚えはあってか、
自然とその呼びかけを拾っており、
「あ?」 「え? …あ。」
返事とも言えぬ、短い応じをした途端、
少女を前後で挟み込むように追い詰めていた、
追手の二人の男性たちのその身の輪郭が淡く光って…
「…ってんめぇ〜〜〜っ!」
自分の身に何が起きたか瞬時で分かったらしい、
色白痩躯、淡い銀髪の少年が、
すんでまでの折り目正しく清廉そうな態度を一変させ、
いやに荒々しい怒声を上げて、再び駆け出した少女を追い始めており。
しかもしかも、耳元を指のないグローブをした手で押さえると、
ヘアピン型のマイク付きインカムに向かって、
「太宰っ、とっとと出てこいっ、
手前が捕まえんのが一番手っ取り早いんだろうがよっ!
怠けてんじゃねぇっっ、こんの青鯖野郎がっっ 」
鬼でも引き裂きかねないほどキリキリと吊り上がった双眸で辺りを見回し、
この場にはいないが 特設のwi-fi の先には居よう、
長身の包帯無駄遣い装置さんへの情け容赦ない罵声を、
恐らくは慣れのない喉を酷使して高らかに張り上げるものだから。
「わあ〜ぁっ!」
すぐ後に続いた、
こちらは先程までそりゃあおっかないほど鋭角な面差しを尖らせていたはずの黒服の男が、
妙にあたふたし、頬や耳を真っ赤にしてうろたえているのが何とも対照的で。
先程までの益荒男ぶりはどこへやら、
手套はいた手ですべらかな頬ごと口許を覆い、
「何かなんか、あのあの、太宰さん、呼び捨てしてすいませんっ。」
こちらもインカムを装備しているからこそのことだろう、
恐縮しきりで此処にはいない誰かへの謝辞を懸命に述べており。
そんな連れへ、前方をゆく少年が きぃっと吊り上がった眼差しを振り向けると、
「敦っ、その顔と声であんな奴に謝んじゃねぇ 」
「そうは言いますけどぉ〜〜っ。」
こちらこそ何か居たたまれないじゃないですかと、
恐らくは年下だろう、ただただ白くて清楚な印象の風貌と装いの少年へ向けて、
なのに、目上へ対してのような、腰の引けた口利きをしてしまう黒服さんであり…。
「…太宰さん。」
其処からやや離れた駐車場の一角に、
ちょっとしたキャンピングカーほどもあろうかという特殊車両が停車している。
小さめのパラボラアンテナがルーフに据えられていて、
側壁は窓がない仕様の、いかにもいかつく素っ気ない外装をしたそれは、
実はモニターを数個ほど据えた管制室の機能を持つ、遠隔地への指揮車であり。
防犯用の監視カメラの映像を取り込んでいるのだろう、
モニター画面を見やすいようにとほの暗いままな空間の中、
現場で行動中の人員が装備しているインカムから届く音声を拾うヘッドホンをしたまま、
蓬髪に頬を覆われ、顔がよく見えぬ男が管制盤に突っ伏しており。
「…太宰さん、こうなると判ってて差配しましたね。」
同じ状況を眺めつつ、
こちらは“気の毒に”と同情の色濃い声を出す芥川を傍らに控えさせ、
此処から指揮を執っていた司令塔さんこと、太宰はといえば、
「〜〜〜〜〜〜〜っ。」
息も出来ぬほどの状態で、声もなく…大爆笑してるばかりでおり。
いやホント、あまりに勢いよく、しかも長い尺にて笑いすぎると
吐き出すばかりの呼吸に邪魔されて酸欠になり、
肺が痛くなるほどの呼吸困難に襲われるんですって。(経験者は語る)
狼狽える敦くんには悪いが、その敦くんの身となって、
柄の悪い、もとえ、重厚なまでにドスの利いた言動を披露している小さな幹部様なのが、
ツボに入るほど可笑しくてしょうがなく。
そんな雄々しい言動を披露している“自分”を見るのが居たたまれないか、
いざという時は十分凛々しいくせに、今はそっちへスイッチが入らないらしい敦くんは敦くんで、
素のままでも相当に険のあるお顔の幹部殿の姿を随分と萎れさせ、
おろおろと中也…を宿した自分を追いかけているのが何とも可愛く。
しかも見た目が中也のままなので、そっちも愉快でたまらなく。
ややあって、やっとのこと呼吸が整ったのでと、
目尻に滲んだ涙を指先で拭いつつ、
「芥川くん、お嬢さんを吊り上げて確保してやって。」
そうだね、次の段階へ進ませようねと、
やっとそのような指示を出した司令官様だったのであった。
to be continued. (17.06.15.〜)
BACK/NEXT →
*後はご自由にと言いつつ 続いちゃいましたよ。
いえね、冒頭で二人のお兄さんたちの特徴を長々と綴ったのを
全然の全く生かせてないので、
文字書きの限界に挑戦しようかと。(おいおい)
絵師の人がいないのにこういうネタでの無謀を…。

|